2016年12月1日どうだん亭

大学のゼミの一環として、尾張旭市/どうだん亭で学生に抹茶を振舞った。

紅葉は終わりかと思ったが、ぎりぎり間に合った模様。

最初は1人のため、準備が大変かと思ったが、管理人の方が手際よく手伝ってくださり助かった。後半は裏千家のお茶を習っている同僚の先生の応援もあったものの人数が増えたため、お茶を点てるだけで精一杯。影点ての用意をしておくべきだった。

学生たちが関心を持ってくれるか不安だったが、たけおか屋宗美さんのお菓子(さざんか)が好評で、思いのほか楽しんでくれてよかった。「京都みたい」という声もあり、秋の様子や伝統的な建築物の雰囲気、茶道の順序など、それなりに感じてくれたこともあった様子。

どたばたし、出費も多少あったが、開催してよかった。

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愛知県民茶会2016

11月13日岡崎で開催された愛知県民茶会へ。

岡崎へは長久手からは高速に乗って1時間ほどで意外と近い。

会場は岡崎運動公園の体育館と武道館で火が使えないのが残念。

すべて風炉のお点前だった模様。

 

前売り券は2席だったので、普段あまり見ることがない宗徧流と松尾流の席に入ることに。県民茶会は椅子席のことが多く、後ろの方に座ってしまうとお茶とお菓子をいただくだけになってしまう。今回は近くで拝見することができてよかった。

特に宗徧流は畳の上に座らせていただき、隣の年配の方とお話しすることもできた。

最後は先生から券をいただき、珍しい煎茶席へ。煎茶は2杯飲む形式で新鮮だった。

 

帰りはくらがり渓谷あたりをドライブして紅葉を見ることもできた。

普段の職場とは違う雰囲気で、頭を休めることができた。

 

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東山荘でのお茶会

東山荘でのお茶会に参加。

名古屋での流儀のお茶会は初めて。

東山荘には、栄駅から市営バスで田辺通2丁目で降りるのが便利。

東山荘は名古屋市が管理しており、市民に安く貸し出されている。

立派な門をくぐると母屋に。

中にはお茶室がいくつかあり、とりわけ仰西庵は本格的なお茶室だった。

席主の方の工夫で、電灯を外したため、窓の明かりだけが部屋に差し込む薄暗い雰囲気が、お濃茶席を引き立てていた。

東京の方々にも久しぶりにお会いでき、ゆっくり話ことができてよかった。近くに昭和美術館があり、東京組はそちらに立ち寄る組と、徳川美術館まで足を延ばす組に分かれていたが、私はお茶会のお手伝いを少しだけ。

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濃茶席

香合 宗全作

水指 古伊賀

茶杓 亀(宗玄作・耕甫書付)

主茶碗 俵型

 

薄茶席

水指棚

 

相模原事件のこと

7月26日相模原市緑区知的障害者施設に男性が侵入し、入居者19名が死亡、26人が重軽傷を負った。
事前に衆議院議長あてに以下のような内容の手紙を書いていたことが報道された。
『障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。』
『私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。』

 

ずっと気になっているが、うまく言葉を見つけられないまま、世田谷で主に福祉施設で働いていたり、介護をしていたりする人々や障害者の人が事件について語る集まりに参加した。

 

参加者の方が、自分自身の課題と事件を結びつけて話しされる様子に元気づけられた。ただ、私自身はどのような立場から、何を、誰に話すべきか、まだ整理できていない。


なぜ殺されるのが、私であったのかという理不尽さとともに、
殺された方の無念は、容疑者だけでなく、殺されずに生きている人すべてに向けられているように思う。
生きている側の人間が、評論家的な立場から事件を題材に、障害者運動を語ったり、安倍政治を語ったりというという身振りになんとなく距離を感じてしまう。
亡くなった人がどのように生きていたのか、その人にどのような歴史があったのか
も大事な気がする。

今、自分でそれをする力量も、時間的余裕もない。

 

事件のことが気になったそもそもの理由を考えると「19人もの人が選ばれて殺された」ということにあるような気する。

無差別テロで多くの人が亡くなるというのは違い、ある属性の人が選ばれて、多数殺されるということは、私の身の回りではあまりなかったように思う。

そもそもそうした対象として選ばれる人を集めた施設が存在したこともそのことにつながっている。そうした施設がなければ、普通の人が対象となる属性の人々を探し出し、多数一度に殺すことができない。

選ばれた属性の人と自分との関係はどうだったのだろうということも気になっている。

私が介助などでかかわってきたのは重度身体障碍者であっても、比較的意思がはっきりしている人々だった。重度知的障害の人々と10数年関わり続けることの明確なイメージがまだ、自分では持てていない。そのことが重なり、なんとなく発言しにくいという感覚がある。

 

大徳寺を散策

 

京都への仕事の出張のついでに、大徳寺を散策。
大徳寺は茶道にゆかりがあることで有名。

昨年、一昨年も京都に来ていたが、茶道を本格的に再開したこともあり、大徳寺が気になった。

 

村田珠光、武野紹鴎、千利休のいずれもが大徳寺と縁がある。
大徳寺の中興の祖は一休和尚であるが、その一休和尚に帰依したのが、村田珠光である。
また、千利休の失脚の原因の一つは大徳寺三門に自身の木像を飾ったことであるともいわれている。
大徳寺の境内は広く、境内の中に、別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺があり、塔頭の多くに茶室が存在している。
利休忌 (千利休の月命日) には、いろいろな茶室で交代で茶会が開かれており、普段公開されていない塔頭にも入ることができる。

今回たまたま、普段公開されていない塔頭の一つ聚光院が特別公開されており、中に入ることができた。
残念ながら、写真撮影は禁止。
本堂の狩野派の障壁画は親子三代それぞれ特色があり、豪華さに目を奪われた。
表千家7代如心斎の寄進による閑隠席は全体的に薄暗く台目棚のあるお茶室らしいお茶室。夏ということで炉は閉じてあった。
一番目を奪われたのは、新しい書院障壁画の滝。鮮やかな青と白のコントラストが印象的だった。
千利休墓に墓は、順路になく、見ることができなかった。
http://kyotoshunju.com/?temple=daitokuji-jukoin

興臨院も、この日はたまたま公開されていた。こちらも残念ながら写真撮影は禁止。
聚光院よりも人が少なく、のんびりとみることができた。
聚光院が華やかな雰囲気だとすれば、興臨院は素朴な雰囲気。
こちらにもお茶室、涵虚亭がある。このお茶室は織部好みで、四畳台目に板がついており、にじり口のほかに、貴人口がある。
秋に来たら、紅葉がきれいそうだった。
http://kyotoshunju.com/?temple=daitokuji-kohrinin
https://kyoto-design.jp/spot/11735

また、普段公開されている高桐院にも立ち寄った。
こちらは竹林に囲まれており、落ち着いた雰囲気。
人も少なく、庭園もゆっくりみることができた。
創始者が細川忠興(三斎)であり、三斎好みの茶室、松向軒がある。
二畳台目で侘茶らしさがある。
ここでは、お茶を飲むこともでき、茶碗等も販売している模様。
https://kyoto-design.jp/spot/2732

 

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3つ回ったところで疲れてしまい、1時間30分程度で切り上げて、ランチへ。
何回か京都に来ていたが、大徳寺についてはこれまでほとんど知らなかった。
茶道についてさらに学んだうえで、今回は若干混んでいたので、空いているときを選んで、また来たいお寺。

2016年9月3日水車園茶会(風炉長板皆具)

9月3日は小田急相模原駅近くの水車園に、簡単なお茶会に出席してきました。

身内のお祝いということで、お濃茶のお手前をすることになりました。

人前でお茶を点てるのは、おおよそ10年ぶりでした。事前に稽古をしながら、中仕舞などお濃茶のお手前をだいぶ忘れてしまっていることに気づかされました。とりわけ、長板皆具のお手前は、杓と蓋置の移動のタイミングがわかりにくく、気を使います。

練習時間も少なく不安なまま本番を迎えました。幾つか細かい間違いもありましたが、無事役目を果たせたように思います。

掛け軸は建長寺管長の 円相でした。素晴らしいお道具の中でも、とりわけ葡萄模様の皆具が、秋らしく印象に残りました。

このお茶会のために相模原のお弟子さんが頑張って、なおかつ楽しみながらいろいろと用意し下った様子を見て、茶道の楽しさに改めて気づかされました。

 

2019年9月3日 水車園古希祝お茶会

掛け軸 円相 建長寺管長筆
花入れ 宗全かご
皆具  染付葡萄棚
お菓子 きせ綿 あけがらす 

 

 

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自分のための仕事

少し以前のこと。

その職場では、みんなが多くの仕事を押し付け合っていた。
多くの仕事は、補助金などのため、あるいは上の人の満足感を満たすためで、売上や周囲の評価とは関係のないのものだったということもあるかもしれない。
それをこなすことに多くの人は意味を見出せなかった。
そういう仕事が世の中にはある。

そうした仕事を、良い仕事に変えていくにはそれなりの努力が必要であり、徒労感だけがのこることも多い。
ある時、そうしたことが嫌になってきた。
それで派遣できていた職員に、
「自分ももっとうまく他の人に仕事を押し付けられるようにならないとだめですかね」
と愚痴ってしまった。
確かまだ20代だった女性に派遣職員は
「それは生き方の問題です。人を押しつけて良かったと思いながら生きていけるならいいかもしれませんが。そう生き方でいいですか?」とコメントしてくれた。
彼女こそ、意味を見出せない仕事を丁寧にやり続けている人だった。
別の機会に、もう嫌だグチる私に、「もう少しだけ頑張りましょう」と言ってくれたのも彼女だった。

どう仕事をするかは、それが評価されるかとは別に、どう生きるかと関係することを彼女から学んだように思う。